遙 洋子 Yoko Haruka

遙日記

犯人はアタシだっ

2020.12.11

タクシーを降りようとバッグを持ち上げたら、バッグの下に黒いシミが広がっていた。

なに?、と触ると、暖かかった。

タクシーを降りて、触った指の匂いを嗅いだ。

コーヒーだ。まだ、暖かい・・・。私だ! 私のコーヒーがこぼれたんだ。

タクシーが急ブレーキかけてバッグが一回転した。そん時に、ポットのコーヒーが漏れたんだ。きっと。

わ・・・どうしよう。もうタクシーはいない。

このままバックレて逃げるか。

いやいや、もし、濡れたシートにお客さんが座ってトラブルになったら、私のせいだ。

いや、黙っていれば、わからんぞ。黒いシミにわざわざ座るか?

 

降りて数分間。じっと考えた。逃げるか。連絡するか。これって、学生時代に悪いことした後、ずっと長年、逃げてきたことを身体を覚えてしまっている。つい、逃げようとしてしまう。

身体が覚えていることじゃなく、頭で考えたんだ。犯人は私だと言おう。

 

事務所についたので、事務所の人に電話を頼んだ。

「あとでしとく」

「今じゃなきゃだめ。今、変なお客さんに、濡れたじゃないかって絡まれてるかもしれない。今してっ」

電話した。

「あのー、遙の事務所のモンですけど、どうも、お宅の運転手さんが急ブレーキかけてですねぇ」

違う! 急ブレーキのクレームじゃないんだっ。

「遙のカバンにコーヒーがこぼれていたので、ひょっとしたらぁ、お宅のタクシーのシートにも、少し、こぼれていないかな、と」

違う! ドバッとこぼしたんだっ。まるーい黒いシミができてるんだ。まるでオシッコもらしたみたいにベッチョリと。

「ええ。ええ。かばんにシミがあるので、お宅のシートも汚しているかもしれません」

違う! かもしれません、じゃないっ。汚したんだっ。この目で見たんだっ。触ったんだっ。温かいコーヒーだったから、私なんだってば!

電話を切った。

「運転手さんに確認したら、シート汚れてないって」

 

いったい・・・どいつもこいつも・・・何を言ってるんだ・・・。

 

ドバッとこの私が、この遙洋子が、こぼしたんだよっ。コーヒーをっ。見て、触って、臭い嗅いで、で、コーヒーポットの口が緩んでるのも確認して、コーヒーが減ってるのも確認したんだよっ。

おしりの形に真ん丸と、黒く、濡れてるんだよっ。

犯人は私なんだぁぁぁぁ!

なんで、誰も、私じゃないっていうんだ!

なんで、汚れてないっていうんだ!

なんで私がこんなに慌ててるのに、事務所の人も、タクシー会社の人も、運転手さんも、全員、穏やかなんだっ。

危機だぞっ。

シートがべっちょり濡れてるんだぞっ。

なんで、誰も理解してくれないんだぁぁぁ。

 

 

 

 

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