遙日記
悔しいが「若いわねー」
2022.07.21
「若いわねー」は言いたくない言葉だ。
だがっ。
最近よくあるコイン型の電池を買いに行った時、実物を持参してもなお、本当にこのサイズの電池で正解か自信がない。
「これでサイズは正解なんでしょうか」とレジの女性に聞く。
年配の女性は、隣のレジの熟年女性に「これ見える?」と小さなコインの表面にうっすら書かれたサイズ番号を聞く。
「確か、虫眼鏡があったはず」とレジ周りを探してくれた。
私を含め、3人の女性が「文字が見えない」と、レジ止まる。
そこに、あきらかにバイトの若い青年が立ってた。
「あの青年なら、見えるのでは?」とレジさんに促した。
青年はいとも簡単に言った。
「あー、これは、〇◇△の#$&です」
女性3人が歓声をあげた。
「若いと見えるのねーーーーー」
私が選んだ電池は間違いだった。
青年のおかげで正しい電池を買えた。
「間違ったの買うとこだったー。ありがとう」
「あ・・」と青年の動作が止まる。
「何か?」
「2個入り買います?」
「うん。どうせまた電池切れるじゃない? 何?」
「このサイズでしたら、きっと電池切れる頃、失うと思うので、一個でいいのではと思って」
素晴らしい・・・・・
電池は一個入りも2個入りも130円と150円だ。
それを「こっちのほうが僕はいいと思う」と介入してくれる。
100円の商品に心を入れられる青年がいた。
100円で感動を与えることができる。